
いつも隣に木彫り熊!北海道産まれの個性豊かな熊たちに惚れ込む
突然ですが北海道のお土産と言えば?そう、木彫り熊。
そんな時代が確かにありました。それからすっかり時が流れ、あの熊さん達はどうなったのか。
今回はそんな木彫り熊の楽園とでも言うべき遊木民を札幌で営む、川口拓二さんにお話を伺いました。
- Profile: 川口拓二
- 札幌市で木彫民芸品や木工雑貨を販売するお店である遊木民を営む。販売だけでなく卸も行い、厳選された各地の逸品をお店に並べる。自身でも木彫りをたしなみ、日々腕を磨いている。
- 遊木民
- アクセス:北海道札幌市中央区北7条西19丁目-1
実は絶滅危惧種!?木彫り熊の栄枯盛衰
― ひとつひとつ違う木彫り熊がこんなに!すごい数ですね。
札幌では一番多いんじゃないかな。その辺に置いてあるのはだいたい古い時代、昭和初期くらいの熊です。
最初はこんな風に職人さんがそれぞれ個性を出して熊を彫っていたんだけど、北海道ブームっていうのがありまして。その時期に生産性や価格を追求したありきたりな熊が大量に作られたんですよね。
― 北海道ブーム?
昭和五十年くらいかな。『知床旅情』って歌があって、北海道旅行がブームになったんだよね。その時にお土産として木彫り熊が人気になって、昔ながらの職人さんじゃない新たに参入した業者が出てきたの。そこで熊作りも工業化されて産業として成り立って、当時はまあ皆さん潤いました。
ただその時の無個性な熊の大量生産が後の衰退の原因にもなったんですけど。
― おばあちゃんちにあるイメージはその頃の名残りなんですね。
昔はこう木彫り熊を買ったらブラウン管テレビの上とか下駄箱とか、床の間に置くのが主流でした。だけど今は、下駄箱は収納式でテレビは薄型になり、床の間は無くなって…。
もう生息地が無いんですよ。絶滅危惧種です。
今はそういった大量生産時代よりも前の時代の熊が再評価されて来てるんですよ。
大量生産時代の業者はもう残っていませんが、今は自分なりのプライドで彫っている職人の方が残ってる感じですね。
― 今北海道では何人くらい彫ってる方がいらっしゃるんですか?
うーん、熊だけじゃなく木彫り全般なら三十人くらいは居るのかな。観光地の店先で実演として彫っている方もいらっしゃいますよ。
あとは年金を貰いながら趣味としてやってる方が結構居ます。そういう方は自分のペースでやっておられるので納得した良いものが出来あがってきます。
― 川口さんと木彫り熊の出会いをお聞かせください。
親が観光土産の問屋をやってたんですよね。
そこで木彫り熊も扱っていて、小学生の頃くらいには”熊磨き”っていうアルバイトしたりね。彫られた熊に靴墨を入れて黒くするんですよ。
そんな風に育って、やがて店で働くようになるとメーカーさんを一緒に回るじゃないですか。そこで見た職人さんの彫りに刺激を受けてっていうのが木彫りに興味を持ったきっかけかなぁ。職人さんに木彫り熊の修理の仕方を教えてもらったりね。
そうしている内に産業自体が下降気味になって工場は閉鎖し、木彫りを扱う店自体が減ってきたので自分でやっちゃえと思ってこの遊木民を始めました。
― お店だけでなく、ご自身で木彫りもされるんですよね。
職人さんが不足気味になったので自分でもやってみようって始めました。熊にも挑戦しているんですけど難しくてまだまだ練習中ですね。
息子もその影響か木工旋盤でものづくりしています。
― 木彫りにはどんな木を使うんですか?
シナノキが一番多いですね。あとはエンジュとかオンコ(イチイ)とか。昔は防風林で植えられていたポプラもよく使われてましたね。ポプラは太くなりやすいんですよ。
もっと知りたい!木彫り熊の秘密
― このお店の熊はみんな表情が違うので見ていて飽きないです。
職人さんによって全然違うので、そこも面白いところですね。
― 川口さんイチオシの熊はありますか。
いやぁ、それぞれに良い所があってね。
たまに佐藤さんから「なんか面白い形ある?」って聞かれたりもするので「こんなのどうだい」って提案したりもしています。

佐藤憲治さん作の『憲ちゃん熊』
― 確かにあまり見た事のない個性的なポーズの熊です。
もう自分達が欲しいものを作れば良いんだなって気になってきて。だから遊び心とかを大事にしています。
― 面白い表情してますね。むんって感じで。

八雲の柴崎重行さん作
この方は昔から好きなんですけど、一度柴崎さんの作品がテレビのお宝鑑定団に登場してからは全国的な人気になっちゃって。
古い熊にハマっている皆さんはこの八雲とか旭川とか白老とか、地域によって系統立てて集めてる方もいらっしゃいます。
― 非売品の札がかかっているのは川口さんのコレクションなんですか?
そうです。この辺のは全部博物館級ですよ。古いものばかりです。
― こういう逸品はどうやって手に入れているんですか?
コレクターの方がお亡くなりになって親族の方が全然興味ない場合に、遺品整理として流れてくるものが結構ありますね。
(息子さん):あと昔は結構ごみステーションに転がってたりしたんですよね。
そうそう。何匹か救出したことがあります。
― 逸品がごみステーションに?
いやぁ、そうとも限らなくて。でもなんか目と目があっちゃった時にはね。
昔は墨で作者名が書いてあっても名品かどうか誰も判断出来なくて。500円で買ったものが実は何万円もしたっていう時代があったんですけど、最近はもうばれちゃって(笑)
木彫り熊の本が色々出版されてきたので、それを見ればある程度わかるようになりました。
沢山見ていると熊の顔を見て「あ、あの人の作品だ!」ってわかるようになってきますけどね。そうなるとめっちゃ楽しくなってくるんです。
― 確かに。お店で見かけた時に「この熊は!」って見分けられたら楽しいですね。
そうそうそう、そんな感じ!ただ見かける熊の九割は大量生産の熊だとは思いますよ。
あ、そうだ。うちにも一個あるわ量産熊。
でも実は量産熊の特徴は、この背中側が真っ平なんだよ。
― ホントだ!なぜ平らなんですか?
効率性ですね。普通ならこの部分は丸くしてやるじゃないですか。

正面以外から見ると直線的な形がよくわかる
でも削る部分が多いと作るのに時間がかかる。そういった効率を追求して完成したのがこの木彫り熊です。
ほら、こう見ると角材感がすごくわかる。だけど正面からはそれがわからないようにしているのが、まあ上手いっちゃ上手いんですよね。
一過性の土産物からぐるっと回って一つの文化に
― 川口さんは木彫り熊がブームだったころから今に至るまでずっと見てきたんですね。
― 当時八雲に入植した方々のご当主が欧州旅行中にスイスから買ってきたものを参考にしたんですよね。
そうですそれです。
― スイスの熊は鮭を咥えてはいなかったんですよね。鮭と合わせたりしたのは北海道独自なんですか?
あれは旭川の方から出た形で全道に展開されていったんです。鮭を咥えたものはアイヌの人たちが作ったって言われています。八雲の方ではそれとは別に、あの近辺だけで独自の進化をしていきました。
いま八雲には木彫り熊教室があるんですよ。ただね、あそこは町のブランドを大事にしているからその教室も町民にならないと入れないっていう。外の人でも見学した人は居るみたいですけどね。
― その後の大量生産時代をピークに産業としては衰退してしまいましたが、これからはどうなっていくと思いますか。
ここ一年、二年くらいは若い方が探しに来てるんですよ。関東の方から若い女性とかが。札幌国際芸術祭2017での企画展のような、木彫り熊の展示会が各地でやっているのでそういうのをきっかけに興味を持ってくださるようです。
長年見てきた熊達を「かわいい」って言われると「えぇ!?」ってびっくりしちゃいます。
― 関東からここまで来るのはすごいですね。
東京とかではリサイクルショップで買うしかないみたいで。北海道外で木彫り熊が欲しい人は、近所のリサイクルショップやアンティークショップを探し回る事が多いんですよ。でも全然見つからなくて、ここに来た方から「うわ、天国だ!」って言われたりしました。
だからか東京のおしゃれな地区にある雑貨屋さんからも引き合いが来てるんですよ。
少し前までは木彫りの熊ってなんか笑いの対象みたいな、貰って困るお土産の代名詞だったじゃないですか。
だけど最近はそれを乗り越えて、また一つの文化になってきてる。
(息子さん):美術品みたいになってきてますね。
― 確かに。お土産品として売られていた頃から再評価され、評価も値段も徐々に上がっている感じが美術品みたいだなと思いました。今が土産物から美術品へと認識が変わる過渡期なのかもしれませんね。
あぁ、そうかもしれないね。
― 職人さんの変化はどうです?
えーとね、育ってるっちゃ育ってる。まあ数は少ないんですけど。昔から作ってる年配の方もまだまだいますけど、ご高齢なのでやっぱり危機感はありますね。
若い方では例えばInstagramで発信されてる高野夕輝さん(keikotakano_page)とか、川湯温泉の栗田民芸さん、あとは私とか(笑)
やっぱり大きな市場じゃないんで、熊だけじゃなくて色々彫れる人が残っていくと思いますね。フクロウも熊もみたいな。
― 最後に木彫り熊の魅力を一言で言うと?
それはまあ、見ればわかるよ。
取材を終えて
誕生から100年あまり、北海道の歴史と共に歩んできた木彫り熊たち。
そんな木彫りの世界を子供の頃から見つめてきた川口さん。彼はこれからも、時には売り手として、時には修行中の作り手として、特には愛好家として、熊たちを見つめ続けていくのでしょう。
皆さんも北海道にお越しの際は、ぜひ個性的でユーモラスな熊達を連れて帰ってみてはいかがでしょう。

気に入った熊を2匹買って帰りました

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